2001年から2008年までラグビートップリーグのリコーブラックラムズで活躍し、現在はコーチ&アナリストとして日本のラグビー界をけん引する小森允紘氏(以下、小森氏)。
小1でラグビーを始め、中学では陸上で全国大会へ。ラグビーの強豪高校に進学し、全国大会準優勝、国体で優勝。早稲田大学では2年よりセンターとして定着するなど、ラグビーひと筋の小森氏は、実は人事部で長く勤務した人でもあります。一流ラグビー選手にとって、大企業の人事部とはどんな場所だったのか。バックオフィスとしてのやりがいやコーチとしての今を聞きました。
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――リコーさんでは人事部だったとのことですが、どんな業務を?
小森:リコー本体と、各都道府県に散らばる販売会社(以下、拠点)を合わせた、「人事業務の全社統括」みたいな部署に配属されました。
そこで長い間退職金・年金関係の仕事をやっていましたね。当時ちょうど、「全社的に制度を一元化しよう」というプロジェクトが動き始めたところだったんです。そのための資料集めや精査・改善、官公庁への提出、シミュレーションによる解析データの社内展開、という業務を7~8年やっていました。
――苦労も多かったのでは? その苦労をどうやって乗り越えましたか?
小森:各拠点の人事総務を統括するセクションだったので、社長や役員が決定したことを全拠点にドン! と降ろさなきゃいけない立場ですね。
「納期はいつまでで、何をどうすればいいんだ?」といった大枠なことから、「この交通費は経費として精算できるのか?」といった小さなことまで、問い合わせが全部来るんです。まあ苦情処理係みたいなもんだったかもしれませんね(笑)。
あらかじめメールなどで知らせているんですけど、ちゃんと読んでもらえないのか、納期を守ってもらないことも多くて・・・。そんな時に助けてくれたのが、全国にいる同期の存在でした。各拠点の担当者につないでもらうことで話を進められたりと、業務を進める中で本当に役立ちました。
――仕事の中で、やりがいがあったことや嬉しかったことなどは?
小森:退職金の制度を変えるために、省庁の承認が必要だったのですが、その際にラグビーでの人脈が役立ったことは嬉しいことでした。なかなか認可がおりなくて、リコー的には制度をもう始めたいのに、間に合わない・・・。
上からも責められるし、本当にどうしようって事態になっていたのですが、ラグビーの仲間がちょうど担当省庁にいたんですね。彼に相談してアドバイスをもらうことで、なんとか認可が間に合ったんです。会社にも、一応お役に立てたと思えました(笑)。
――リコーを退職して、ラグビー1本でやっていくことになった経緯は?
小森:リコーにいる間に現役を引退し、1年間クラブチームでプレイヤーをやっていました。その後2年間は早稲田大学でコーチをしながら、リコーの人事部で働いていたんです。
その後、大学でのコーチを辞めた後、会社では中途採用を担当していました。そこで「私はこの技術を持っていて、ぜひ御社で働きたいです」と語る人たちをたくさん見て、「この自信、すごいな」「自分は何ができるかな」と考えたんです。
採用活動は、まさに「人」と新たなつながりをつくること。応募者との出会いを経て、僕も気持ちを駆り立てられましたね。「やっぱりラグビーをやりたい!」と思いました。
僕は、行動できる人間になりたいという思いがあるんです。文句だけを言っている人や、他人を羨ましがるだけで自分は動かない人にはなりたくない。
「やりたいことに向かって、動ける人間になりたい」という思いもあって、リコーを退職しました。
――プレイヤーを支える立場になってから、何を感じられましたか?
小森:当初はプレイヤーに戻りたいと思ったこともしょっちゅうありました。コーチって大変なんですよ。フィールドに立ってる選手たちって、負けるわけないと思ってやっているんですね。でもコーチは、ハラハラドキドキ、一喜一憂の連続。「ああ失敗したか」とか「やった」とか。フィールドの外から分析しながら見ているこちらと、選手とでは温度差があるんですよ。
しかも、試合が終われば選手はオフになりますが、こちらは次の試合の準備をしないといけない。選手は、一生懸命やるって意味ではすごく大変なんですけど、オフはオフ、やるときはやるでメリハリがついているんで。
スタッフは、やっても、やっても、監督がいいと思わないとやり直しの連続。やり直しでダメ、ダメ、ダメ、ダメって時には、人事時代と重なってしまうのですが・・・「世の中こんなもんだな」と思うこともしばしばです(大爆笑)。
――アナリストとして映像やデータを出すことで、選手に感謝されたことは?
小森:感謝されたことはもちろんあります。嬉しいですよ。でも「感謝されるためにやる」わけではありません。選手たちに実力や自信を身につけてもらうこと。それが自分の仕事。
そういうスタンスで取り組むのが当然で、自分がミスをしたら「おれ、このデータほど悪くないんですけど」と指摘されるのは当然のことだと思っています。ミスを指摘されるってことは、それだけアナリストの出すデータを見てくれているということなので、やりがいを感じ、緊張感を持って取り組めるんです。
今の現役選手ではアナリストの出すデータを積極的に活用する人もいます。右タックルと左タックルの失敗の確率を出して、「左が弱いから左練習しようよ」と一緒にやった選手がいました。その練習が試合の結果につながったときは「ふふっ」とニンマリする感じですね。
――人に動いてもらうことって難しいですよね。コーチとしてどんな工夫をされていますか?
小森:日ごろのお付き合い、接し方の積み重ねですね。「もっとパフォーマンスをあげるためにはどうしたらいいか」「本人が気づいていないことをいかに気づかせてあげるか」というアドバイスをして、成功体験を積ませてあげる。
そういうコミュニケーションの中で信頼関係を築いていけば、こちらが言ったことをパッと聞いてくれるようになります。立場が上か下かというより、やはり信頼関係。そこはビジネスにも通じますね。
――子どもにもラグビーを教えていらっしゃいますが、子どもを教えるコツってありますか?
小森:楽しんでいない子に気づいてあげること。同じことをやっても、食いつく時と食いつかない時があるんで。それはその子の体調が悪いのかもしれないし、人とのコミュニケーションが苦手な子なのかもしれない。
できるだけ多くの子たちに「楽しい」と思わせるには、そういう子に気づいてあげて、ちょっと多めに時間をかけてあげなきゃいけないので、楽しそうじゃない子を探します。
同じ人を動かすにしても、子どもは本当に大変なんです。幼稚園生を教えられたら、日本代表なんて簡単に教えられると思うくらい。一生懸命教えていても、バッタ1匹が出てきたらそれ追っかけていっちゃいますし。
先週はうまくいった教え方も、今週は反応がなかったりして、コーチの質が問われます。言うこと聞かない子に無理にやらせようとすると、ラグビーを嫌いになっちゃいますしね。
子どもの心をこっちに向けるのは難しいけれど、成功した瞬間はすごく面白いですね。帰り際に子どもが「わーっ」と駆け寄ってきてくれると、「ああ、今日は楽しかったんだな」とホッとします。「今日やって良かったな」って思います。
――人事時代の経験の中で、コーチになっても役立っていることはありますか?
小森:人との付き合い方とか、気のつかい方など、一般社会に出た経験がとても役立っています。コートを脱いで入室するとか、誰にどうあいさつするかとか、お礼のメールを即出すとか。日本人はそういう姿勢がやはり好きだし、ちゃんとできる人だなって思ってもらえます。
失敗から学んだこともあります。忙しさを理由に「些細な」確認を怠って業務を進めてしまい、後に大問題になったことがあります。上司と一緒に組織長へ謝罪に行きました。
「忙しさ」は理由にならないし、確認すべきことに「些細」も「重大」もありません。やって当たり前。できて当たり前。ミスは許されない、ということを頭にたたきこみました。
また、人事の仕事をしていたころから、プレイヤー、現在のコーチにいたるまで、僕が一貫して大切にしてきたものは人です。人を大切にする、あいさつなどの部分も含めて、人との付き合いを大切することから道は開かれると信じています。
――小森さんの今後の展望や夢を教えてください
小森:実はラグビーの普及の妨げになっているのは、中学校で部活がないことです。裾野を広げるために、平日開催のラグビーアカデミーをつくりたいと思っています。中学生のへこみを減らしたい。また、1つのチームを監督としてやってみたい、結果を残したいという思いもありますね。
小森氏の取材から感じたのは、「静かなプライド」。営業や選手を支える重要な立場について、「仕事は『できて当たり前』『ミスは許されない』『感謝されるものではない』」と言い切る小森氏。自分の責任に対する厳しさと、地味であっても組織やチームの一員として貢献しているという確かな自信に満ちていました。
「できて当たり前」「ミスは許されない」「感謝されるものではない」バックオフィスの仕事。「当たり前のことを当たり前にやる」ことを完璧にやれる人はどのくらいいるでしょう? 人事や総務をはじめとしたバックオフィスの仕事は、決して誰にでもできる仕事ではありません。
現在、バックオフィス業務に携わっている方も、これから人事や総務に配属される方も、「静かなプライド」と確かな自信を胸に、日々の業務に取り組んでみてはいかがでしょうか?
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