全国の労働基準監督署が行う定期監督等において、割増賃金の未払いに関する是正勧告を受ける事業場は例年、後を絶ちません。この中には割増賃金を支払う必要性に気づかなかったという事業場も多いといわれています。このような事態に陥らないように、割増賃金の知識をここでしっかり押さえておきましょう。
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目次
まず、時間外労働について基本的な知識から確認しましょう。労働基準法で定める労働時間(法定労働時間)は原則、1日8時間まで、週の上限としては40時間(特例では44時間)までとなっています。しかし、36協定を締結し、届け出を行うと法定労働時間を超えた労働が可能となり、一方で、使用者には超えた時間に対する割増賃金の支払い義務が発生するのです。
また、労働時間には法定労働時間のほかに「所定労働時間」があります。所定労働時間は社内で決めた労働時間で、就業規則に記載することが求められている事項の一つです。所定労働時間は法定労働時間以内に定められるため、法定労働時間と差が生じることもあります。両者の時間が異なる場合、割り増しが必要になるのは法定労働時間を超えた労働時間に対してです。
たとえば、所定労働時間が1日7時間で、9時間勤務した場合には時間外労働は2時間ですが、このうち割増賃金が発生するのは法定労働時間(8時間)を超えた1時間分となります。
このように所定労働時間を超えて労働しても(法内超勤)、割増賃金を支払う必要はありません。しかし、これはあくまで労働基準法上のことで、就業規則等で別に定めがある場合は、法内超勤についても割り増しが必要になることがあります。
労働基準法では割増賃金に関する労働時間は、「1か月の合計時間数」については端数処理が可能です。月の合計時間数が1時間に満たないとき、30分以上の場合は1時間に切り上げ、30分未満は切り捨ててもよいことになっています。しかし、間違いやすいのは、1日分の残業時間についても同様に30分未満を切り捨ててしまうことです。時間外や休日労働、深夜労働については、その日ごとに「1分単位」で把握して割増賃金を支払うことになります。
端数処理の誤りといっても小さな影響ではありません。毎日、20分の切り捨てをしていると3日で1時間分、対象となる社員が多ければ1年間の未払い残業代は決して少ない額ではないでしょう。自社の端数処理がどのような方法になっているかをきちんと確認してください。なお、労働基準法は最低ラインを示しているので、定められた基準を上回る端数処理は問題がありません。そのため、1時間未満の端数を「すべて切り上げ」といった方法で処理することもできます。
それでは、具体的な割増賃金の率について、深夜労働をした場合も含めてみていきましょう。
三交替制勤務の場合、「深夜勤」というと多くは夜中の12時頃からの勤務を指しますが、労働基準法でいう「深夜労働」は原則、午後10時~午前5時のことをいいます。
労働基準法が定める割増賃金の率は以下の通りです。なお、労働基準法における割増賃金の率も最低ラインのため、それぞれの率には「以上」がついています。なお、管理・監督者は時間外や休日労働については割増賃金を支払う必要がありません。しかし、深夜労働に対しては割り増しが必要になりますので注意してください。
・時間外労働は、通常の賃金の25%以上
・深夜労働は、 通常の賃金の25%以上
・時間外労働が深夜に及ぶと、50%以上
つまり、「時間外労働」と「深夜労働」はそれぞれ通常の賃金の1.25倍、「時間外労働+深夜労働」は1.5倍になります。
労働基準法では1か月の時間外労働は原則、45時間、1年では360時間を超えることがないように定めています。改定労働基準法では、月に60時間を超えた時間外労働を行った場合には、60時間を超えた部分については50%以上の割増率にすることが義務となりました。なお、中小企業に対しても、猶予措置がなされており、2023年4月からは同様の割増率が適用されています。(後述)
休日労働については、労働した日が法定休日か、それとも所定休日なのかの違いを押さえましょう。労働基準法では「週に1回」、もしくは「4週間に4回」の休日(法定休日)を取得させるように定めており、法定休日は日曜日に限らず、いずれの曜日でもかまいません。所定休日は就業規則などで会社ごとに定めている休日で、毎週、設定される休日のほかに夏期休暇や年始年末休暇などが含まれます。
たとえば、日曜日を法定休日、土曜日は所定休日として考えてみましょう。この場合、労働基準法でいう「休日労働」とは「法定休日の労働」を指していますので、休日労働として割り増しになるのは法定休日である日曜日に労働した分だけです。
そうすると、土曜日に働いても割り増しにならないのか?と疑問になることでしょう。所定休日の土曜日に労働した分は、このケースでは休日労働にはなりませんが、時間外労働時間として割り増しになる可能性があります。土曜日の出勤分を含めたときに、その週の労働時間が法定労働時間の40時間を超えた場合には、40時間を超えた部分が時間外労働の割り増し対象になるのです。
なお、週休二日制の会社で、就業規則などにおいて所定休日と法定休日を特に区別せず休日としている場合は、いずれの休日の労働も休日労働になります。また、所定休日も休日労働として割増賃金を支払う旨が定めてあれば、休日手当が必要になりますので注意してください。自分の会社の休日や割増賃金の支払いがどのように定められているのか、就業規則など自社のルールをよく確認しましょう。
休日労働の場合は、以下のような割増賃金率となります。
休日労働は、通常の労働日の賃金の35%以上
休日労働が深夜まで及んだ場合は、60%以上
ここで、休日には時間外労働の割り増しはないのか?と思われた人もいらっしゃるでしょう。休日労働の場合には、時間外労働の割増賃金は発生しません。時間外労働は法定労働時間を超えた部分を指しますが、法定休日にはもともと法定労働時間が定められていないので長時間、働いても「時間外労働」に該当しないのです。たとえば、9時間、10時間と通常の労働日より長く働いても、深夜に及ぶことがなければ休日労働の割増率だけでよいことになります。
休日に労働する場合、「振替」と「代休」という言葉が使われますが、両者の区別をしっかり押さえましょう。振替とは、前もって休日を労働日に振り替えることです。振替の要件としては就業規則、あるいはそれに準じたものに休日の振替ができる旨の記載があること、予め所定休日以外の日を「振替休日」として特定することなどが求められます。なお、もともと休日であった日は「労働日」に振り替えられるため、その日に働いても休日労働としての割増賃金は発生しません。
一方、前もって振替の手続きができなかったなど振替の要件を満たさない状態で使用者が休日労働をさせた場合は、たとえ他の日に代休を与えたとしても割増賃金が発生します。代休は「事後の振替」と呼ばれることもありますが、事前の振替とは異なり、休日手当が必要になるので注意しましょう。
さらに、振替の場合にも注意が必要です。振替休日を同じ週(原則、日曜日~土曜日)に指定し、週の労働時間が法定内(40時間以内)であれば問題がありません。しかし、他の週に振り替えたとき、週の労働時間が40時間を超えていれば超えた分に対して時間外労働の割増賃金が必要になります。
月に80時間、100時間といった時間外労働をする人は、深夜労働や休日労働も多いことでしょう。すると、割増賃金が支払われ、収入は確かに増えます。しかし、長時間労働による健康障害の危険性も指摘されており、たとえ収入が増えても生活全体として考えてみると喜べないことも多く、生命の危険さえ生じかねません。
また、業務量が多く残業が常態化している、あるいは帰宅しにくい雰囲気のため付き合い残業が多くなってしまう職場もあるようです。職場だけの問題ではなく、仕事を溜めやすくいつも締め切りに追われている、だらだらと仕事をして夜遅くまで残っているなど社員の働き方に問題があることも少なくありません。厚生労働省は長時間労働を削減する対策強化を喫緊の課題とし、平成26年9月30日には「長時間労働削減推進本部」を新設して取り組みを強化しています。割増賃金について考えるときは、労働時間を正しく管理して適正な賃金を支払うことはもちろんのこと、長時間残業を適正に減らす対策も必要です。
2023年4月より、中小企業においても月60時間を超える時間外労働について法定割増賃金率が50%以上となりました。中小企業とは、以下の表の①または②を満たす企業のことです。
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時間外労働や休日労働に対する割増賃金は、法定内か法定外かの区別が重要です。また、1日の労働時間だけでなく、1週間、あるいは1か月の合計時間数が法定内かどうか、さらに管理・監督者の深夜労働の割り増しなどにも注意しましょう。人事労務担当者としては労働基準法の最低基準を押さえた上で、自社の就業規則等で別に定められている内容をきちんと確認し、適切な対応をしてください。
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