労務担当者が気をつけるべき労務リスクまとめ<前編>

企業は「ヒト」の集合体として成り立っているため、労務関連のトラブルを抱えるリスクはどの企業からも切り離せないものです。近年は長時間労働やハラスメント、情報漏えい等の問題が注目される中で、労務リスクの管理への関心も高まっています。労務関連のトラブルを避けるためには、問題が顕在化する前に労務担当者がチェックを行い、適切な対策を講じることが必要となります。

今回は、企業の労務担当者が気をつけるべき労務リスクについて、まとめて紹介します。

長時間労働をめぐるリスク

欧米諸国と比較して労働時間が長いとされてきた日本において、長時間労働の是正が喫緊の課題と認識され始めています。長時間労働は、従業員の肉体的・精神的健康状態に悪影響を及ぼし、結果として過労死や過労自殺に繋がるリスクが懸念されます。

2017年現在、従業員の労働時間は、労働基準法の時間外・休日労働に関する協定届、通称「36協定」によって規制されています。これは、

  • 1日8時間、週40時間を超えて従業員が労働する場合
  • 法定休日に労働する場合

に、書面によって協定を締結し、所轄の労働基準監督署に提出することを企業に求める制度です。

しかし、女性の活躍をはじめとした、近年の労働力の多様性確保の要請を実現するためには、仕事と育児や介護の両立、ひいては更なる長時間労働の是正が必要となります。
そのため政府は、2019年4月に取りまとめられた働き方改革関連法において、36協定でも超えることのできない罰則付きの時間外労働の限度を、具体的に定めました。
これにより、特例の労使協定を結んだ場合でも下記のような労働時間の上限が定められます。

  • 2ヶ月もしくは6ヶ月で平均した法廷労働時間が、休日労働を含んで80時間以内を満たさなければならない
  • 単月では、休日労働を含んで100時間未満を満たさなければならない
  • 時間外労働時間の限度は1年あたり720時間かつ1ヶ月当たり100時間とする。ただし、原則である1ヶ月当たり45時間を超えることができるのは6ヶ月までである。

長時間労働の是正については、以下の記事で詳しく解説しています。

関連記事:
知らないと恥ずかしい?人事担当者なら知っておきたい労働基準法
働き方改革実行計画が決定!Vol.2 〜長時間労働の是正について〜

また36協定等の締結については、下記URLからダウンロードできる「お役立ち資料」で詳しく解説していますので、是非参考にしてみてください。

 

残業代不払いをめぐるリスク

厚生労働省の調査によると、2015年度の不払残業代は約100億円にものぼるとされ、管理職による強制や従業員本人の判断による、「サービス残業」が横行していることがわかります。

関連記事:
2015年度の不払残業代は約100億円!—監督指導による賃金不払残業の是正結果について

残業隠しや過少申告による残業代の不払いは、以下のような問題に繋がるリスクが懸念されます。

  • 労働基準監督署による是正勧告
  • 遅延利息や付加金の支払い
  • 訴訟による企業イメージの低下

残業代不払いの問題を起こさないためには、社員教育に加え、適切な勤怠管理システムの導入など、勤務時間を正しく管理できる社内の仕組みを作ることが大切になります。

残業代不払いのリスクについては、以下の記事で詳しく解説しています。

関連記事:
判例から見る!残業代未払いが企業に与えるリスク

長時間労働削減のための施策の1つに、残業の事前承認制度があります。本人による事前申請に対して上司が承認した場合にのみ残業を行うという仕組みで、残業時間を減少するとともに、メンタルヘルスの改善効果も認められています。今回はそんな残業事前承認制度について、得られる効果、導入する場合の注意点について解説します。

事前承認制度とは

昨今、過剰な長時間残業は多くの社員から忌避される傾向にあります。様々な企業で社員に長時間の残業を強制したり、その分の残業代を支払わなかったり、さらにはこうした事実を隠蔽している実態が露見して、厳しく糾弾されるようになりました。こうしたなか、ホワイトな企業イメージを得ることが重要視されるようになり、ブラックな労働環境にしないために社員の残業を管理し削減する試みも見られます。事前承認制度もそのような戦略の内の1種類に数えられます。社員が元々の労働時間を超えて仕事をする場合、その残業の可否と長さについて上司か担当の許可を得る必要がある、等と規定されます。

メリット

  • 無駄な労働時間と給与を削減
    残業事前承認制度を採用した場合、サービス残業等の根絶の他にも、不必要な残業を防止することができます。残業をするのに合理的な理由が必要となるので、残業代目当ての残業や、人を待って愛想でこなす残業、やる気が無いために仕事が後ろ倒しになって生じる残業など、非効率的で無駄な残業を減少させられます。また、仕事に期限が設けられるため、より意欲的に取り組むことが期待できます。
  • 社員のメンタルヘルス改善
    労働が適度な量に制限されていることは、社員のメンタルヘルスへの好影響も見込めます。厚生労働省により公表された平成29年版過労死等防止対策白書では、労働時間の正確な把握が残業時間を減少させると分析されています。より具体的には、労働時間を正確に把握しかつその分の給与を全額支給することや、残業を行う場合に上司や担当が残業を承認することは、残業時間の減少とメンタルヘルスの良好化などに繋がること、残業時間を0時間に近づけることは、メンタルヘルスの良好化などに繋がること等が記載されています。残業承認制度はこれらの実現を可能にする制度であり、社員のメンタルヘルスの改善推進に繋がると言えます。

注意点

残業事前承認制度を導入する際に気を払わなければならない点として、黙示的指示という概念があります。もし残業の命令や承認を明示的に行っていなくても、現実的に考えて労働時間内で終わらない量の仕事が要請されていた場合、社員が行った時間外労働は残業時間とみなされます。例えば、仕事の納期等が元々の労働時間内では守れないケース、企業側が残業の存在を知りつつ放置もしくは黙認していたケースなどが該当します。

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残業が制限される!? 政府の働き方改革実現会議、「36協定」の運用見直しへ

 

無断で残業した社員にその分の給与の支払いは義務?

企業によっては、無断での残業には給与を支払わないと予め規定していることがあります。とは言っても、仕事をするつもりは無かったのに突然プロジェクトでの不具合が生じて時間外労働をしてしまった、といったことも起こり得ます。この様な場合、残業代は支払われるべきでしょうか?実は支払う義務が生じることもあるのです。労働時間とは企業等の指揮命令下にある時間のことを指し、企業のためにやむを得ず時間外労働をしている場合は残業が生じたと見なされるためです。

無断での時間外労働が残業と見なされなかったケース

社員が元々の労働時間を超えて仕事をした分の給与支払いを認めるか認めないか、という問題については今まで様々な判例が存在します。残業代支払いが命じられる場合には黙示的指示が働いていたと判断されるケースが多く、その際、企業側が予め申請の無い時間外労働には給与を支払わないと規定していたとしても、支払いの義務は免れません。では逆に、どの様な時間外労働であれば残業と見なされないのでしょうか。裁判において企業側の言い分が部分的もしくは全面的に認められた、つまり労働時間外の仕事であったが支払いが必要とは認められなかったケースを幾つか紹介します。

  • 吉田興業事件(平成2年)
    こちらは、ビルの管理業等を行う企業で働く社員が、業務委託されていた水資源開発公団の出張所に住み込みで管理や清掃等の仕事を行っていたことについて、時間外労働や休日を返上しての労働であると主張し、給与の割り増しを請求したケースです。これについて裁判所の判断は、公団職員の終業後の戸締まり等の仕事を行うために公団職員が退出するまで待機している時間は手待ち時間として労働時間に含めて考えるべきであるとしながら、このケースでは公団職員の退出後に行う業務に要する時間は非常に短く、かつ、いつその業務を行うかはその社員の自由であることから、社員が通常の労働時間の前後に行った戸締りなどの業務は企業や公団の指示によるものではなく、その社員の自発的な行為というべきであると判断し、残業代の支払いは不要と結論しました。
  • ニッコクトラスト事件(平成18年)
    こちらは、日本銀行の寮の管理や調理等の仕事を住み込みで行っていた社員が、労働日においては元々の労働時間を超えて働き、労働日以外にも長時間にわたり仕事をしたとしてその分の割増給与を請求したケースです。これについて裁判所では、日本銀行がその社員に委託した仕事の業務量は労働時間内で充分に処理できるものであったと断じ、その社員は自発的な判断によって企業側から委託された仕事や指示の範囲を超えて働いたものと結論したため、企業側の残業代支払いの義務は認められませんでした。

 

導入に際して

残業が建前の上ではないものとされていても事実上は存在すると認められれば、黙示的指示が働いているとして企業側が支払いの義務を負うことになります。制度が形骸化し、申請されない残業が横行することは避けなければなりません。したがって、社員が残業しないように上司や担当が注意を怠らず、どうしても残業が必要な際には毎回の申請を徹底させると共に、日頃から社員に振り割る業務を適度な量に留めることが重要と言えます。

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まとめ

残業事前承認制度は、不必要な残業の削減のみならず、社員の仕事の効率化やメンタルヘルス改善にもつながると考えられています。導入すればそれなりの手間や管理が求められますが、非効率な残業とその分の給与の支払いを黙認するよりは生産的ですから、必要以上の残業が横行している現状の改善を望む企業は、1つの手段として検討してみてはいかがでしょうか。


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労働契約に関するリスク

契約の締結や労働条件の変更、解雇などに係る労働契約は、労働基準法・労働契約法等の法律の範囲内で定められ、労働に関する項目を書面にて明示することを求められます。

適切な労働契約が結ばれていないと、以下のような労務トラブルを招く恐れがあります。

  • 従業員区分が定義されていないことによる、賞与、退職金等支払い対象の拡大
  • メンタルヘルスによる休職等、特殊な状況を想定していないことによるトラブル
  • 定額残業制度の不備による、残業代支払い範囲の拡大

労働契約に関しては、以下の記事で詳しく解説しています。

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労働基準監督署調査のリスク

労働基準監督署による立ち入り調査(以下、労基署調査)においては、労働基準法等の法令に違反していないか詳しく調査され、違反が発覚した場合は行政処分や刑事告訴に繋がるリスクがあります。突然、労基署調査が来る可能性に備え、普段からどのような点を調査されるか把握し、対策を練る必要があります。

労基署調査では、主に以下のポイントが調査されます。

  • 就業規則が適法かつ実態に即しているか
  • 労働時間の管理が適切に行われているか
  • 賃金支払いに不備はないか
  • 安全衛生管理が行われているか

労基署調査に関しては、以下の記事で詳しく解説しています。

関連記事:
労働基準監督署って、どこを見るの? 労基署調査、徹底攻略!

 

労働災害のリスク

従業員に対する安全衛生管理を怠った場合、業務上の事由または通勤による負傷や死亡等の労働災害が発生するリスクが高まるため、注意しなければなりません。労働災害の発生は、従業員が被害を受けるのみでなく、以下のポイントにおいて企業に多大な不利益をもたらします。

  • 人材の喪失
  • 補償による金銭的負担
  • 信用の失墜

労働災害を未然に防ぐためには、安全衛生に関するリスクを事前に評価するなど、災害を防ぐための適切な管理体制を構築する必要があります。

企業の安全衛生管理や、万が一労働災害が発生した場合の対応については、以下の記事で詳しく解説しています。

関連記事:
労働安全衛生マネジメントシステム導入のススメー安全衛生計画作成マニュアル
「労災かくし」は犯罪です!労働者死傷病報告の提出は大丈夫ですか?

 

まとめ

労務関連のトラブルは多く発生しており、従業員や会社の利益を守るためには、トラブルが発生する前に、そのリスクを回避する努力をする必要があります。

今回まとめた記事を参考にし、労務リスクを適正に管理できる仕組みを構築しましょう。

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雇用のルールを完全マスター!労働関係制度まとめ<前編>
雇用のルールを完全マスター!労働関係制度まとめ<後編>

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