経済活動のグローバル化など社会の発展に伴い、発明や技術などの知的創造物を保護する「知的財産権」の考え方が重視されてきています。
政府の「知的財産推進計画」においても、中小企業における知財戦略の推進を図ることとされており、自社の知的財産を活用していくためにも、各企業は知的財産権について正しく理解しておくことが大切です。
今回は、知的財産権制度について解説します。
目次
知的財産権制度とは、知的創造活動によって生み出されたものを、創作した人の財産として保護するための制度です。
知的財産権は、創作意欲の促進を目的とした「知的創造物についての権利」と、使用者の信用維持を目的とした「営業上の標識についての権利」に大別されます。
「知的創造物についての権利」としては特許権、実用新案権、意匠権、著作権、回路配置利用権、育成者権などの権利があり、「営業上の標識についての権利」としては商標権、商号、商品等表示という権利があります。
それぞれの権利が発生すると、一定の期間権利が保護されます。例えば、特許権の場合、出願の日から20年間保護されることが定められています。
知的財産権のうち特許権、実用新案権、意匠権、商標権については特許庁に、回路配置利用権は一般財団法人ソフトウェア情報センターに、育成者権は農林水産省に、それぞれ登録することにより権利が発生します。
著作権は、著作物を創作した時点で権利が発生するため登録の必要はありませんが、権利の明確化のために文化庁への登録制度が設けられています。
知的財産権の登録にはそれぞれ費用が発生します。例えば、特許権の場合、出願時の特許印紙代、出願後に行う実態審査のための審査請求料、登録料に加えて弁理士費用や弁理士成功謝金がかかり、およそ150万円の費用が必要となります。
また、権利の登録だけでなく、権利の維持についてもコストがかかってきます。
知的財産権のうち、特許庁が所管している特許権・実用新案権・意匠権・商標権の4つは「産業財産権」と呼ばれ、知的財産権の中でも主要な権利だといえます。産業財産権は、各権利を規定するそれぞれの法律において権利の保護対象や保護する目的等が定められています。これらは特に重要な権利なので、以下で詳しく解説していきます。
特許権は「自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のもの」を保護の対象としており、技術の発明を保護する制度だといえます。
金融保険制度など人為的な取り決めは自然法則を利用していないため保護の対象にはならず、ニュートンの万有引力の発見など発見それ自体についても保護の対象にはなりません。
また、高度の創作であることが必要とされるため、技術水準の低い創作は保護されません。
(例)洗濯機における洗浄技術
実用新案権は「自然法則を利用した技術的思想の創作であって、物品の形状、構造又は組合せに係るもの」を保護の対象として定めています。保護の対象が物品の形状等に限られるため、方法については実用新案権において保護の対象にはなりません。
また、技術的思想の創作のうち、高度なものでなければいけない特許権に対し、実用新案権については高度なものでなくても保護の対象となります。
(例)洗濯機における開け閉めしやすい蓋の形状
意匠権は「物品(物品の部分を含む)の形状、模様若しくは色彩又はこれらの結合であって視覚を通じて美感を起こさせるもの」を保護の対象として定められていましたが、2019年に公布された改正意匠法で「物品性」が撤廃されました。改正後は、ネットワークを通じて表示されるソフトウェアのデザインなど、機能に関わる画像にまで対象が広がっています。
特許権、実用新案権が「自然法則を利用した技術的思想の創作」を保護するのに対し、意匠権は美感の面から創作を保護するものとなっています。
(例)洗濯機のデザイン
商標権は「人の知覚によって認識することができるもののうち、文字、図形、記号、立体的形状若しくは色彩又はこれらの結合、音その他政令で定めるもの」を保護の対象として定めています。
これまで商標として保護されるのは文字や図形、立体的形状等に限られていましたが、2014年の法改正以降、「動き」「ホログラム」「音」「位置」「色彩」なども商標の保護対象として認められました。
(例)洗濯機に使用するマーク(文字や図形)
知的財産の登録にかかる費用は決して安くはないことから、特に中小企業においては、権利取得に対する必要性を感じない方も多いかもしれません。
しかし、人手や資金など経営資源が少ない中小企業こそ、どの知的財産について権利を取得すれば競争力を確保でき、企業利益に結び付くかということを経営戦略の一環として考える「知財戦略」が必要であるといえます。
知財戦略を持ち、自社の独自技術について知的財産権を取得できれば、その市場への他社の参入を防ぎ、自社の優位性を保つことができます。さらに改良を重ねれば、市場拡大も可能となるでしょう。
また、他社にライセンス(権利の使用許諾)を与えることでロイヤリティ(使用許諾を与えることによる対価)を得るなど知的財産権を活用することで、さらなる収益の拡大も見込めます。仮に事業をやめてしまう場合でも、知的財産権を他社に譲渡することにより利益を得ることができます。
自社の知的財産を活用し事業の発展と利益の拡大を目指す知財戦略は、経営資源が少ない中小企業こそ必要であるということができます。
一方、知財戦略を持たず、知的財産権を取得していないという場合、様々なデメリットが発生する可能性があります。
まず、中小企業は大企業と比べると技術や製品の数が少ない場合が一般的です。その大事な技術や製品が、大企業や、安く製造できる外国企業などに模倣され、市場に参入されてしまうと、自社の市場規模が縮小したり、最悪の場合は廃業に至ったりする恐れもあるなど、自社の経営に与える影響は大きなものとなります。
また、新技術や新商品の開発の段階においても、知財戦略を持たずに闇雲に開発した場合、出来上がった技術や製品が他社の知的財産権を侵害する可能性があります。その場合、開発への投資は全て無駄となるうえに、損害賠償を請求される恐れもあります。
それでは、中小企業に求められる知財戦略とはどのようなものなのでしょうか。以下では、知的財産の取得と活用という2つの観点から解説します。
知的財産権の取得に関する戦略は、技術開発の段階に応じて、下記のようにとっていくようにします。
まずは、自社の強みを分析しましょう。製品の売れる理由が「技術」にある場合、知財戦略が特に有効です。自社の強みが技術的要素であると考える場合、過去の関連特許の調査を行いましょう。特許調査を行うことで、技術動向やライバル企業の動向を把握でき、他社の権利を侵害してしまう危険性も少なくなります。
自社が技術的優位性のある基本技術を有していると明らかになった場合は、特許を出願するなどにより、その基本技術を知的財産として保護します。
基本技術の保護ができたら、次に、基本技術をベースとした応用製品を開発します。研究開発費に十分な余裕のない中小企業の場合、研究開発の前にも特許調査を行い、無駄な投資をすることがないよう入念に確認することが必要です。
また、研究開発の結果生まれた発明を知的財産化していくことも大切です。発明を認識できていなかったり、発明者がアイデアを提案する機会がなかったりすることで発明が埋もれてしまうことのないよう、発明を発掘していくことが必要です。
応用技術を活用し、事業化する第一歩として試作やサンプルを作る段階でも留意点があります。商談において試作やサンプル品を提示した際に、相手方にアイデアを取られてしまうとことのないよう、先に特許出願を行っておくことが重要です。
時間的制約により事前に特許出願ができない場合であっても、相手方と秘密保持契約を締結するなど最低限の対策が必要です。
製造を開始し、市場に製品を投入する段階では、取得した知的財産全体の内容を改めて確認しておくことが大切です。基本技術をはじめとして周辺技術や改良技術まで権利を取得して特許網を構築することで、他社の市場参入を困難にすることができ、さらに競争力を高めることができます。
また、特許権のみならず、製品のデザインなど外観が重視されていれば意匠権を、製品がブランドとして知名度をすでに獲得していれば商標権を併せて活用することで、他社との差別化や模倣品対策が可能になります。
実際に取得した知的財産権を活用する戦略としては、以下のようなものが考えられます。
1つ目は、知的財産権を営業活動の中で積極的に活用する方法です。知的財産権を取得している商品について、営業活動において積極的に知的財産権をアピールすることで、技術またはデザインにおける信頼性が増し、市場拡大につながります。
2つ目は、他社に製品を作らせず、独占的利益を目指す市場独占戦略です。この場合は、有効な基本特許を取得するとともに、改良特許や周辺特許を固めることが必要になってきます。自社の生産能力や販売能力などを踏まえて、市場独占戦略をとるか、次に説明するライセンス戦略をとるかを判断しましょう。
3つ目は、ライセンスによる戦略です。これは、他社にライセンスして市場を拡大し、ライセンス料収入により収益をあげる方法です。ライセンスには、期間限定や地域限定のライセンスなど様々な種類があるため、経営戦略に合わせて用いることがポイントです。
中小企業が知的財産権を活用していくことは、経済の活性化や日本全体の競争力の底上げにもつながると考えられており、政府も中小企業における知財戦略の推進に積極的に取り組むこととしています。
各企業においても知的財産権制度をしっかりと理解し、戦略的に知的財産権を取得・活用していくことが大切だといえます。
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