従業員の申請に応じて給与の前払いを行う制度は、その作業の煩雑さのため従来あまり利用されてきませんでした。しかし近年、テクノロジーの進化によって給与の柔軟な支払いが可能となり、「給与前払いサービス」を導入する企業が増加しています。今回はそんな給与前払いサービスを導入するメリットを解説し、実際のサービスを紹介します。
給与の前払いは、タイムカードなど勤怠管理ツールの情報を基に、給料日の前にその日までに発生している給料を計算して、お金を受け取るという仕組みです。労働基準法25条には、「使用者は、労働者が出産、疾病、災害その他厚生労働省令で定める非常の場合の費用に充てるために請求する場合においては、支払期日前であっても、既往の労働に対する賃金を支払わなければならない」と定められており、労働者は非常時だと合理的に認められる場合にのみ限り、すでに発生している給与を請求することができます。
給与の前払いは、基本的にはその支払時点までに発生している金額のみ行うことができ、将来発生する給与について支払うことは原則できないとされています。これは労働基準法第17条 において「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない」とされ、賃金と前貸金の相殺が原則として禁じられているからです。
このように法律上には様々な規定が存在しますが、給与の前払いはその事務手続きの煩雑さから必ずしも普及してきませんでした。しかし近年、金融サービスの分野での革新的テクノロジー、すなわちフィンテック(Fintech)が台頭してきたことにより、その前払いを煩雑な手続きなしに可能にするサービスが次々と登場しています。
企業側にとって給与の前払いを行うメリットは、社員や求職者のニーズに応えられることです。このことにより現状の社員の離職率を下がるだけではなく、人手不足の中でも他の企業よりも人手を集めることが簡単になることが期待できます。
対するデメリットは、事務手続きが煩雑なことです。それぞれの従業員の要望に応じて、統一された給料日ではない日までに発生した給与を計算して支払い、それを正確に記録し、さらにその金額を差し引いて残額だけを給料日に支給するというのは、人数が多くなれば簡単な作業ではなくなります。
しかし近年、その作業コストを解決するサービスが次々と登場しており、以下ではそれらのサービスを紹介していきます。
エニグマペイは、既存のシステムと連携された勤怠データをもとに、株式会社enigmaが従業員への給与支払いを代行するサービスです。企業側のサービス導入・システム運用等にかかる費用は無料である一方、従業員側が手数料を支払わなければなりません。
申請は、パソコン、スマートフォン、フィーチャーフォン用のブラウザサイトか、iOS及びAndorid向けアプリで可能となっています。特にアプリデザインには優れていて、幅広い年齢のユーザーが迷うことなくどのような操作を順番にすれば良いのかが一見で理解できるようにインターフェイスが設計されています。
給与の前払いにあたっての専用口座の開設は必要ではなく、従業員が普段使っている銀行口座に振り込みが可能です。前払い申請者は自身の勤務先からのログインIDとパスワードを入力することで申請を行います。午前9時25分までに申請が完了すれば、当日中に前払い給与を受け取れることができます。
キュリカは、既存の勤怠システムとの連携によって取り込んだ給与データを参照することで、従業員が専用カードを使って全国のATMから随時給与を引き出せるシステムです。運用にかかる費用は月額基本利用料(システム利用料)のみで、導入の初期コストは全くかかりません。従業員もATM手数料のみ負担することとなります。運営元は総合人材サービスの株式会社ヒューマントラストです。引き出しができるATMは以下の通りで、全国で合わせて64,000台以上設置されていることが強みです。
キュリカの特徴として、他サービスと比較した時に従業員負担が非常に小さいことが挙げられます。従業員の企業への満足度向上、ひいては上記で述べたような人材不足の解消のためにも、従業員にとって手間が少ないということは重要です。給与は、勤怠データと連携後に即時払いできるよう設計されています。従業員は引き出す度に事前の申込みをする必要はなく、自身の好きなタイミングでATMから給与を現金で引き出すことが可能です。
なお、別途費用はかかりますが、キュリカカードを企業のロゴやオリジナルデザインを含めて作成することもできます。
早給は、「早給ペイロールカードシステム」を利用した給与立替払いサービスです。早給という言葉自体はもともと給与を給与日前にもらうことについての一般的な略語ですが、それをサービス名としています。企業側の負担は小さく、勤怠システムとの連携のためのシステムのカスタマイズ費用を除けば、初期導入費用、月額費用などは基本的には無料となっています。振込の際の所定の手数料は、従業員が負担します。
従業員が午後3時までにPC・スマホ等から申請すれば当日振込されます。契約時に特定の銀行に口座を新規に開設する必要はありませんが、ジャパンネット銀行の口座に対してであれば原則24時間365日即時入金可能です。給与早払いサービスとしては非常に珍しく、従業員が海外送金サービスを利用することも可能で、外国人従業員にとっても嬉しいサービスになっています。
企業は自社払いで前払い給与を支払う必要がなく、立替支払金は早給を運営する株式会社Hayakyuが用意することも可能です。一方で、労働基準法第24条における「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない」との定めに基づいて、コンプライアンスの面から自社払いにこだわる企業のことも充分考慮されており、企業側が前払い用資金を用意する方法もあります。企業側のニーズが利便性重視であってもコンプライアンス重視であっても、どちらにも対応可能なサービスです。
従業員の申請に応じて給与の前払いを行う制度は、企業側の作業が煩雑であるため従来あまり利用されてきませんでした。しかし様々なサービスの登場は人的コストを必要とする作業量を減らし、結果的に給与前払いサービスは以前よりも導入しやすくなっていると言えるでしょう。ただしサービスによって企業と従業員の利用料と作業量の負担は異なりますので、それぞれのニーズに合わせたサービス選択が必要と言えるでしょう。
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