従業員が社用車で事故を起こした場合やその結果他人に損害を与えた場合など、従業員のミスで会社に損害が発生する場面は起こりえます。
労働基準法では、あらかじめ損害賠償額を定めた労動契約を結ぶことを禁止していますが、労働者が故意・過失により会社に損害を与えた場合は、損害賠償を請求できる場合があります。ただし、この場合、従業員の帰責性や地位などを考慮して、信義則上相当と認められる限度でしか損害賠償請求することはできないなど、いくつか注意すべき点も存在します。
今回は、従業員のミスで損害が発生した場合の損害賠償請求に関する注意点について解説していきます。
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会社から従業員への損害賠償請求は可能?
従業員が会社に損害を与え、それが労働契約に違反するものであった場合、契約違反は民法でいう「債務の不履行」にあたり、以下の民法第415条において示されるように、損害賠償責任を背負うこととなります。また、労働者の行為が「不法行為」に該当する場合にも、会社側は不法行為に基づく損害賠償請求権を取得することになります。
一方で、労働基準法においては、労働契約で違約金や損害賠償額を定めることを禁止しています。ただし、損害賠償請求額を労働契約で予定することは禁止されていますが、会社が従業員に対して損害賠償請求を行うこと自体を労働基準法によって禁止されているわけではありません。
- 民法第415条
「債務者がその債務の本旨に従った履行をしないとき又は債務の履行が不能であるときは、債権者は、これによって生じた損害の賠償を請求することができる。ただし、その債務の不履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして債務者の責めに帰することができない事由によるものであるときは、この限りではない。」
- 民法第709条
「故意又は過失によって他人の権利又は法律上保護される利益を侵害した者は、これによって生じた損害を賠償する責任を負う。」
- 労働基準法第16条は
「使用者は、労働契約の不履行について違約金を定め、又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」
責任制限の法理
責任制限の法理とは
会社から従業員へ損害賠償を請求することは可能ですが、労働者の行為が債務不履行や不法行為に該当するものであったとしても、現在では労働者の「責任制限の法理」が判例法理として確立されています。
この責任制限の法理とは、たとえ労働者の過失などにより生じた損害であっても、労働者は使用者の指揮命令に従って業務に従事していることや、労働者のミスはそもそも業務に内在するものであることなどを考慮すると、その全ての責任を労働者に負わせるべきではなく、信義則を根拠として労働者の責任を制限するべきだ、という考え方です。
また、責任を制限する程度については、事業の性格、規模、労働者の業務内容、労働条件、施設の状況、勤務態度、加害行為の態様、その予防等に対する使用者の配慮など、労働者側・使用者側双方の様々な事情を考慮すべきであると考えられています。
具体的な判例
責任制限の法理がよく表れた最も有名な判例の一つに、「茨城石炭商事事件」(最判1976年7月8日)」があります。茨城石炭商事は石油・石炭・プロパンガスなどを輸送・販売する会社で、約20台の業務用車両を保有していました。そこで働く従業員Aさんは通常小型貨物の運送に従事する従業員でしたが、ある日臨時的にタンクローリーの運転を命じられ、運転中に前方不注意により前の車に追突し双方の車を破損させてしまいました。Aさんに対し会社はこれらの修理代等の全額を請求しました。
判決では、裁判所は請求額の4分の1のみを認めました。会社としては自分のミスなのだから自分で責任を取ってほしいと思ったのでしょうが、「権利の行使及び義務の履行は、信義に従い誠実に行わなければならない」という信義則の考えに基づき、労働者の責任は制限されました。
また、同様の判例として「ガリバーインターナショナル事件」(東京地裁2003年12月12日)も挙げられます。この事件は中古車販売会社の店長が、車両を販売する際には代金が入金されてから納車するのがルールであることを知りながらも、取引先に騙されて入金が全くない段階で車両を引き渡し、15台相当の額の損害を生じさせてしまった事件です。この事件では、店長の重過失を認めつつ、諸般の事情を考慮して賠償の責任範囲を2分の1とする判決が下されました。
以上2つの判例を見てもわかるように、損害賠償の減額の判断は労働者側・使用者側双方の事情に応じて異なってくるのです。
損害賠償請求と給与の相殺について
会社から従業員に対して債務不履行や不法行為に基づき損害賠償請求を行う際であっても、労働基準法に賃金を労働者に全額払わなければならない旨が記されており、賃金と相殺することは原則として禁止されています。賃金との相殺については前借金のみが労働基準法に明記されていますが、損害賠償金についても判例によって相殺禁止の対象とされています。
- 労働基準法第24条
「賃金は、通貨で、直接労働者に、その全額を支払わなければならない。」
- 労働基準法第17条
「使用者は、前借金その他労働することを条件とする前貸の債権と賃金を相殺してはならない。」
債務不履行による損害賠償金に関連する判例の一つに、「関西精機事件」(最2小判1956年11月2日)があります。この事件は会社側が、従業員が業務を怠ったことで会社に損害が生じたとして、賃金の支払いと相殺したというものです。
この事件の判決において、賃金に対しては債務不履行による損害賠償金によって相殺することができないことが確定的となりました。
一方、不法行為による損害賠償金に関連する判例の一つに、「日本勧業経済界事件」(最判1961年5月31日)が挙げられます。この事件は、倒産した会社が未払い賃金の支払いを求めた従業員に対し、不法行為があったとして損害賠償金と賃金を相殺すると主張し、未払い賃金の支払いを拒否したというものです。
判決は同様で、損害賠償金が不法行為を原因とするものであっても賃金と相殺することはできないと結論付けられました。
ただし、会社側からの一方的な相殺が禁止されている一方で、労働者側も相殺に納得している場合は相殺が有効になる場合もあり、専門的には「相殺合意」などと呼ばれています。この場合、具体的には労働者が自由な意思に基づき相殺に同意することや、「自由な意思」と認められる「合理的な理由」が存在することなどが要件となります。
まとめ
従業員の過失などにより会社に損失が生じた場合、損害賠償請求をすることは可能ですがが、相当と認められる限度でしか請求できません。
賃金との相殺は原則としてできないなどいくつか注意すべき点があるため、損害賠償請求を行う際には注意しましょう。
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