多くの企業では、従業員の採用後3ヶ月程度の試用期間を設けています。試用期間中は通常よりも広い範囲で解雇の自由が認められますが、試用期間の趣旨・目的に照らし、客観的に合理的な理由があり、社会通念上相当とされる場合でしか解雇することはできません。
また、試用期間中であっても14日を超えて勤務した場合は解雇予告が必要となるほか、長期の試用期間は無効となるなどの制限があります。
今回は、試用期間の法的性質や、試用期間の運用にあたっての注意点について解説します。
目次
試用期間とは、採用後に実際の勤務を通して従業員の適性などを評価し、本採用するか否かを判断するために企業が設ける期間のことをいいます。企業の多くは試用期間を設けており、その期間は一般的に「3ヶ月」とする例が多くなっています。
試用期間中の労動契約は、「解約権留保付労働契約」だと解されます。これは、契約締結と同時に雇用の効力が確定するものの、企業は契約の解約権を留保しており、試用期間中に当該従業員が不適格であると認めた場合は、それだけの理由で留保した解約権を行使し、契約を解約しうるという契約です。
判例では、このような解約権の留保は合理性があり、留保解約権に基づく解雇は、通常の解雇よりも広い範囲における解雇の自由が認められるとされています。
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上記のとおり、試用期間中は通常よりも広い範囲で解雇の自由が認められます。ただし、判例では、試用期間中の労働者が他の企業への就職機会を放棄していること等を踏まえ、留保解約権の行使は、解約権留保の趣旨や目的に照らして客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当と認められるような場合にのみ許されるとされています。
すなわち、採用決定後における調査や試用期間中の勤務状態等により、当初知ることができず、また知ることが期待できないような事実を知るに至った場合で、解約権を行使することが客観的にも相当であると認められる場合にのみ解雇が認められます。
試用期間中の解雇が認められるケースとしては、以下のようなものがあります。
試用期間中に解雇を行う場合に必要な手続きは、試用開始から解雇までの日数によって異なります。
試用期間中であっても、試用開始から14日を過ぎて解雇を行う場合は、通常の解雇と同様の手続きを踏まなければなりません。
具体的には、解雇の際には少なくとも30日前に労働者に対して解雇予告をする必要があり、30日前に予告をしない場合は、解雇までの日数に応じた日数分の平均賃金(解雇予告手当)を支払わなければなりません。
すなわち、解雇予告をせずに解雇する場合は30日分の、解雇日の10日前に解雇予告をする場合は20日分の平均賃金を「解雇予告手当」として支払うことが必要です。
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試用開始から14日以内に解雇する場合は、労働基準法第21条の規定により、解雇予告をすることなく解雇を行うことが可能です。
しかし、この規定は、試用開始から14日以内の解雇が完全に自由であるとするものではありません。試用開始から14日以内であっても、客観的に合理的な理由が存在し、社会通念上相当と認められる場合でなければ解雇を行うことはできないことに留意が必要です。
労働契約法では解雇について、客観的に合理的な理由と社会通念上相当であることが必要であるとしています。遅刻や欠勤を繰り返す社員であっても、口頭での注意だけでなく、文面での注意や減給措置などの段階的なステップを踏むことで、客観的な証拠を残すことが重要です。
また、能力不足という理由で解雇する場合には、短い試用期間で能力不足の判断ができるのか、プロセスを見ずに成果だけで判断をしていないか、といったポイントに注意しましょう。
企業による試用期間の設定には一定の合理性が認められ、試用期間中の解雇は通常よりも広い範囲で認められます。しかし、試用期間中の労働者は不安定な地位に置かれることから、試用期間を設ける場合は適切に運用することが必要です。
試用期間の運用にあたっては、下記の点に注意するようにしましょう。
試用期間の長さを制限する法令等はありませんが、その適性を判断するのに必要な合理的な期間を超えた長期の試用期間を設けた場合は、民法における公序良俗違反として認められない可能性があります。
例えば、試用期間は原則として3ヶ月程度とし、当該従業員の同意を得て6ヶ月まで延長できるとするなど、試用期間は長期にわたらない期間で設定するようにしましょう。
また、試用期間の延長にあたっては客観的な合理性が必要であるとともに、試用期間を繰り返し延長することは認められないという点にも留意が必要です。
試用期間中の従業員についても、適切な労務管理を行うことが必要です。都道府県労働局長の許可なく法が定める最低賃金を下回ることはできないほか、時間外労働をさせた場合には、割増賃金を支払わなければなりません。
また、試用期間中であっても、雇用保険や社会保険などの加入要件を満たしている場合はこれらに加入する必要があることから、適切に加入手続きを行わなければなりません。
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長時間労働削減のための施策の1つに、残業の事前承認制度があります。本人による事前申請に対して上司が承認した場合にのみ残業を行うという仕組みで、残業時間を減少するとともに、メンタルヘルスの改善効果も認められています。今回はそんな残業事前承認制度について、得られる効果、導入する場合の注意点について解説します。
昨今、過剰な長時間残業は多くの社員から忌避される傾向にあります。様々な企業で社員に長時間の残業を強制したり、その分の残業代を支払わなかったり、さらにはこうした事実を隠蔽している実態が露見して、厳しく糾弾されるようになりました。こうしたなか、ホワイトな企業イメージを得ることが重要視されるようになり、ブラックな労働環境にしないために社員の残業を管理し削減する試みも見られます。事前承認制度もそのような戦略の内の1種類に数えられます。社員が元々の労働時間を超えて仕事をする場合、その残業の可否と長さについて上司か担当の許可を得る必要がある、等と規定されます。
残業事前承認制度を導入する際に気を払わなければならない点として、黙示的指示という概念があります。もし残業の命令や承認を明示的に行っていなくても、現実的に考えて労働時間内で終わらない量の仕事が要請されていた場合、社員が行った時間外労働は残業時間とみなされます。例えば、仕事の納期等が元々の労働時間内では守れないケース、企業側が残業の存在を知りつつ放置もしくは黙認していたケースなどが該当します。
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企業によっては、無断での残業には給与を支払わないと予め規定していることがあります。とは言っても、仕事をするつもりは無かったのに突然プロジェクトでの不具合が生じて時間外労働をしてしまった、といったことも起こり得ます。この様な場合、残業代は支払われるべきでしょうか?実は支払う義務が生じることもあるのです。労働時間とは企業等の指揮命令下にある時間のことを指し、企業のためにやむを得ず時間外労働をしている場合は残業が生じたと見なされるためです。
社員が元々の労働時間を超えて仕事をした分の給与支払いを認めるか認めないか、という問題については今まで様々な判例が存在します。残業代支払いが命じられる場合には黙示的指示が働いていたと判断されるケースが多く、その際、企業側が予め申請の無い時間外労働には給与を支払わないと規定していたとしても、支払いの義務は免れません。では逆に、どの様な時間外労働であれば残業と見なされないのでしょうか。裁判において企業側の言い分が部分的もしくは全面的に認められた、つまり労働時間外の仕事であったが支払いが必要とは認められなかったケースを幾つか紹介します。
残業が建前の上ではないものとされていても事実上は存在すると認められれば、黙示的指示が働いているとして企業側が支払いの義務を負うことになります。制度が形骸化し、申請されない残業が横行することは避けなければなりません。したがって、社員が残業しないように上司や担当が注意を怠らず、どうしても残業が必要な際には毎回の申請を徹底させると共に、日頃から社員に振り割る業務を適度な量に留めることが重要と言えます。
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残業事前承認制度は、不必要な残業の削減のみならず、社員の仕事の効率化やメンタルヘルス改善にもつながると考えられています。導入すればそれなりの手間や管理が求められますが、非効率な残業とその分の給与の支払いを黙認するよりは生産的ですから、必要以上の残業が横行している現状の改善を望む企業は、1つの手段として検討してみてはいかがでしょうか。
試用期間中は、定期的に従業員の業務について評価の機会を設け、十分な指導や教育を行うことが重要です。従業員が適性に欠けると判断される場合でも、適切な指導を行い改善の機会を与えるなど、できる限り解雇を回避する努力をするようにしましょう。
試用期間は、従業員の適性を判断するための「お試し期間」という性質を持っていますが、その法的性質や従業員へ与える影響などを考慮すると、何の理由もなく自由に解雇できるというものではありません。
試用期間を設ける場合には適切に運用するとともに、試用期間中の解雇を行う場合は適正な手続きを踏んで行うようにしましょう。
社会保険労務士として独⽴開業時より、ソニーグループの勤怠管理サービスの開発、拡販等に参画。これまでに1,000社以上の勤怠管理についてシステム導入およびご相談に対応。現在は、社会保険労務士事務所の運営並びに勤怠管理システムAKASHIの開発支援を実施。
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