平成29年は長時間労働の解消が大きく注目されましたが、その影響を受けて、今後は「時短ハラスメント」が増加するとも言われています。時短ハラスメントとは、業務量は以前と変わらないにも拘わらず残業時間を削減するよう圧力をかけるなどの行為を指し、自殺をはじめとした社会問題に発展しつつあります。本記事では、時短ハラスメントを生まないような働き方改革のあり方について解説します。
時短ハラスメントは、最近増加傾向にあるハラスメントの一種です。「セクハラ」や、妊娠・出産・子育ての場面における「マタハラ」、就職活動を終わらせるよう強迫する「オワハラ」に比べると、「ジタハラ」はまだ耳にする機会が少ないかもしれません。まずは時短ハラスメントとは何かについてご紹介します。
時短ハラスメントとは、その名から想起できる通り、職場において業務時間の短縮を強要するハラスメントです。端的に言えば、なにがあろうと仕事を「時間内に終わらせろ」、「残業はするな」と強要するハラスメントです。一般職だけでなく、中間管理職も時短ハラスメントの被害に見舞われています。まだ仕事が終わっていないのにも拘わらず、上司から具体的な対応策も示されずに「早く帰れ」と言われ、帰宅を半ば強制されたとしましょう。早く退社したとしても、残った仕事は結局、終業後に自宅等で終わらせなければなりません。このようなケースは、時短ハラスメントに当たります。
2017年11月に株式会社高橋書店が実施したアンケート調査によると、調査対象である日本全国のビジネスパーソン730名のうちの41.5%(162名)の方が、「働ける時間が短くなったのに、業務量が以前のままのため、仕事が終わらない」と回答したことが明らかになりました。このように、約4割の方が時短ハラスメントの被害に繋がる悩みを抱えており、時短ハラスメントは非常に身近な問題であることがわかります。
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時短ハラスメントの実態が明るみに出た事件として、平成28年に労災として認定された自動車販売会社の男性店長の自殺事件があります。社長から「従業員を残業させるのか」と責められた男性は、従業員の仕事の分まで抱え込むようになり、ストレス性うつ状態になり、仕事を休むようになりました。すると、会社は8月に無断欠勤を理由に懲戒解雇を通知。男性は解雇無効を求める労働審判を起こしましたが、2回目の審判の予定日に自ら命を断ってしまいました。この悲惨な例が示すように、時短ハラスメントは他のハラスメントと同様、単なる「嫌がらせ」の域を超え、過労死にまで発展しかねない根深い社会問題の1つです。
では、なぜ時短ハラスメントが発生してしまうのでしょうか。背後にある要因として、「働き方改革」の存在は無視できません。近年、過重労働による自殺に関して盛んに報道されているような背景からも、政府は働き方改革を主導し、企業は従業員の残業時間を抑えることを余儀なくされました。その状況下で、従業員の仕事の量が変わらないまま残業を制限したため、従業員にしわ寄せが及んでしまうという事態が少なからず発生しています。「残業をなくす」という結果の実現を優先しすぎたあまり、時短ハラスメントが生じてしまったのです。このように、過労に対する処置が新たな過労の形態を誘発する事態に陥り、政府の課題である労働時間の削減は構造的に未解決なまま残されています。
「残業時間の削減」は社会的な風潮として現在もあり続けています。「過労」が深刻なトピックとしてニュース等で扱われるなか、残業撤廃の気運は高まっているとも言えるのではないでしょうか。しかし、労働時間、とりわけ従業員の仕事の量を削減する実効的な方策を採らないままでは、時短ハラスメントが起こり、実りのない制度上の改革が進行するだけです。そのため、時短ハラスメントは今後も拡大する恐れがあります。とりわけ大企業に比べて人手不足が深刻である中小企業では、従業員当たりの仕事の量を減らすことが経営上の観点からなかなか困難であるため、時短ハラスメントを危惧する必要があります。
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では、時短ハラスメントを誘発した要因として考えられる働き方改革の、どういった面が問題なのでしょうか。ここでは1つの回答として、課題に対する解決策のミスマッチを指摘したいと思います。働き方改革は、日本の労働制度および働き方の大きな課題である長時間労働に対する解決策として、時間外労働の上限規制を掲げました。しかし「可能な限り労働時間の延長を短くするため」の施策とはいえ、時間的な制約を強めるだけでは、残業時間を減らすことができても仕事の量を圧縮することはできません。そればかりか、時短ハラスメントに代表される職場内でのプレッシャーを誘発してさえいます。よって時間外労働の上限規制は、長時間労働の解決策としてさほど有効ではなかったと結論できます。
企業としての業績にマイナスの影響を与えずに長時間労働を改善するためには、従業員の生産性を高めることが必要です。そのため、政府主導の働き方改革では、「残業」をはじめとする従来の労働観に基づいた政策ばかりでなく、企業における従業員の生産性を高めるための、まさに「改革的」な取り組みや制度の導入および実施を促進する政策を行うべきであると考えられます。例えば、従業員の働きたい時間帯を考慮に入れるフレックスタイム制や、昼食後に昼寝用の時間を設ける「シエスタ制度」などといった、まだあまり普及が進んでおらず、かつ生産性の向上が期待できる制度を設けることが改革として求められているのではないでしょうか。
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残業時間の削減のために、仕事を時間内に終わらせるように強要することや、仕事が終わっていなくても退社を強要する時短ハラスメントは、最終的には自殺へ至りかねない極度の過労を引き起こしており、社会的に対処しなければならない問題です。時短ハラスメントは、時間外労働を制限した働き方改革によって誘発されたと捉えることができるため、今後も働き方改革の展開には注意を払い続けなければなりません。政府主導の制度面だけでなく、個々人のレベルでも職場内でのハラスメント防止に努めることが重要になります。
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