現行の労働基準法において、残業代の支払いや年次有給休暇の時効は「2年」と定められています。一方、平成29年に行われた民法の改正において消滅時効の期間が1年から「5年」に延長されたことを背景に、労働基準法における消滅時効も5年に統一しようという動きがあります。今回は、現行の労働基準法における消滅時効を整理しつつ、仮に5年に延長された場合、起こりうる変化について解説します。
目次
現行の労働基準法における消滅時効
労働基準法の消滅時効とは
労働基準法115条においては、「この法律の規定による賃金(退職金を除く)、災害補償その他の請求権は2年間、この法律の規定による退職手当の請求権は5年間行わない場合において、時効によって消滅する」と規定されています。この時効のことを「消滅時効」と呼び、労働基準法以外でも、民法や商法においてこの考え方が用いられています。
条文からも分かるように、現行の労働基準法においては、賃金や災害補償その他の請求は2年間、退職手当の請求は5年間、それらの権利を行使していない場合に有効であるとされています。
消滅時効は、労務トラブルにおいてもしばしば問題となります。例えば、近年取り沙汰されている残業代の未払い問題において、いつまで遡って賃金を支払う必要があるか、などの場合に消滅時効が重要となり、適切に労務管理を行うためには消滅時効の考え方をしっかりと把握しておく必要があります。
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消滅時効の起算点と発生にかかる日数
労働基準法の消滅時効の起算点は、労働基準法上では明確に規定されていませんが、一般的に請求権が発生した時期となります。例えば賃金の場合、給与支払い日が起算点です。
消滅時効が起算されてから実際に時効が成立するまでの期間は、請求権の種類によって以下のように異なります。
- 賃金請求権→2年
賃金は、「賃金、給料、手当、賞与その他名称の如何を問わず、労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものいう」と労働基準法11条にて定められています。改正前の民法では、時給・日給などを単位の期間として定めた使用人の賃金債権は1年で消滅するとされる、短期消滅時効が設けられていました。これに対し、1年では短すぎるという労働者保護の観点から、労働基準法115条においてその請求権が「2年」と延長されてきました。一方で、平成29年の民法改正においては、社会経済情勢を鑑みて、この短期消滅時効は廃止されることとなりました。
- 退職手当請求権→5年
退職手当は、就業規則、労働協約、労働契約等により、その支給条件があらかじめ明確に規定され、賃金等に該当すると認められる場合のみ、請求することが可能です。賃金請求権と同様、労働基準法115条において、消滅時効は5年と定められています。
- 災害補償請求権→2年
災害補償としては、療養補償、休業補償、障害補償などが含まれています。労働基準法においては消滅時効が2年とされていますが、実務上は労働者災害補償保険法によって処理する場合が多く、その場合の消滅時効は5年となります。
- その他請求権→2年
その他請求権には、金品の返還や休業手当などの金銭債権、解雇予告手当請求権、年次有給休暇請求権、退職時証明の返還請求権などが含まれ、消滅時効は一律で2年と定められています。
民法における消滅時効の改正
改正前の民法
原則として、民法における債権の消滅時効は10年とされていました。例外として、商事債権は5年、弁護士の報酬請求権は2年、時給・日給などを単位の期間として定めた使用人の賃金債権は1年など、いくつかの短期消滅時効が設けられていました。
改正後の民法
改正後の民法においては、上述の短期消滅時効が廃止され、一般債権については、
- 債権者が、権利を行使することができることを知った時から5年間行使しない場合
- 権利を行使することができる時から10年間行使しない場合
に権利が消滅することとなりました。つまり、権利を行使できることを知っている場合、ほぼ全ての債権の消滅時効が5年に統一されたこととなります。
労働基準法の消滅時効への影響
労働基準法の消滅時効は、現状としては民法の改正からそのまま取り残されています。しかし、労働基準法115条の賃金債権に関する消滅時効についても、その在り方の検討を行う必要があるとして、厚生労働省内で改正に向けた動きがあります。仮に改正される場合は、現行の2年から5年に統一される可能性が考えられます。
労働基準法の消滅時効が改正される場合は?
民法改正を背景として、労働基準法の消滅時効が2年から5年に延長された場合、以下のような影響が考えられます。
- 残業代請求への影響
残業代未払いがあった場合に遡って請求できる期間が大幅に延長されるため、企業の経済的リスクが増大し、残業代未払いへの抑止力として働くと考えられます。
- 年次有給休暇への影響
年次有給休暇が5年間で最大100日(=20日×5年)蓄積することが考えられ、計画的に年次有給休暇を消費する必要が生まれます。
まとめ
適切に労務管理を行うには、労働基準法の消滅時効について詳細に把握しておく必要があり、今回の民法改正を背景とした流れにも注意を払っておく必要があります。将来的に労働基準法の消滅時効が改正されることとなれば、企業としては残業代請求や年次有給休暇をはじめとした影響に直面することとなるため、事前に対策を練っておきましょう。