先進国の中でも有数の生産性の高さを誇るドイツは、「労働時間貯蓄制度」を導入することでその生産性の高さを保っています。労働時間貯蓄制度は、残業や休日出勤の労働時間を貯蓄して有給休暇などに充てられる制度で、柔軟性が高いワークスタイルを可能にするとして注目されています。今回は、ドイツの労働貯蓄制度に注目し、その概要、メリット、注意点を解説します
労働時間貯蓄制度とは
概要
労働時間貯蓄制度とは、労働者が労働時間専用の口座を用いて、所定外労働時間を貯蓄する制度です。予め労働時間の総量が決められており、超過分が出た場合には休暇等に費やすなどして相殺できるため、労働者の過重労働防止やワークライフバランスの実現が期待できるとされています。労働者は一定の範囲内であれば1日または1週間の労働時間を延長、短縮させることが認められ、最終的な労働時間の総量を平均した際に規定の労働時間と等しくなるよう調節するシステムとなっています。
発祥の地はドイツ
労働時間貯蓄制度とは元々ドイツで考案され、過去10年にわたって国を挙げて実施されてきたものです。もともとドイツは先進諸国の中でも最短の水準の労働時間と高い生産性を誇っており、OECDの統計を見ると労働時間貯蓄制度が導入された平成20年の時点で、年間の平均労働時間は1,418時間と、同年の日本の1,771時間よりも20%近く少ないにもかかわらず、労働生産性は日本の約1.5倍となっています。この他にも、労働問題に対する関心の高さから、平成7年には週35時間労働を実現するなど、早くから労働環境が整備されてきました。
そんなドイツ発祥の労働時間貯蓄制度は、主に残業により貯蓄された労働時間を長期休暇にまとめて割り当てるという形で用いられることが多く、フレックスタイム制などと併用されています。労働時間口座に貯蓄できる時間の上限や、残高の清算が可能な期間などの規定は個々の企業や契約の内容によって異なります。その一方で、労働者の過重労働に対しては厳しい監視体制が敷かれ、原則10時間の労働時間を超える残業を従業員が不当に強いられた場合は、その事業主や管理職の責任者に罰金が科せられます。こうした労働者の権利への意識の高さは有給消化率にも現れており、日本とは異なってドイツでは有給がほぼ完全に消化される傾向にあり、内実共にドイツの労働環境の良さが窺えます。
柔軟化という目的
労働時間貯蓄制度目的は、労働体制の柔軟化です。ドイツでは他の多くの国と同じく、労働時間が短縮され続けていますが、一律的な時短化がある程度以上進むと、繁忙期に多くの仕事ができない、リストラを避けつつ雇用コストを下げられないなどの問題が生じ、生産性の向上のため臨機応変に対応可能なシステムが模索される様になりました。この結果発案されたのが労働時間貯蓄制度です。この制度における労働の柔軟化とホワイト化の両立とは、もともと労働者に優しい労働環境が基盤にあったドイツで採用されたがために達成できたとも言えます。
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メリット
見込める効果
労働時間貯蓄制度は、労働者が自発的に労働時間を管理し、かつ無理なく就業し続けることを促進でき、企業も残業関係の手間を減らしつつリストラを回避し、人材を確保しておくことが可能になります。具体的には以下のような効果が挙げられます。
- 労働者のワークライフバランスの向上
- 労働者が長期休暇などを取りやすくなること
- 過重労働の防止による企業のホワイト化
- 煩雑な残業管理の事務コストを削減
- 人材確保や若手の起用につながること
効果を支える基盤
ドイツでは、仕事とは個人に割り振られるものではなく、グループで取り組まれるものです。誰が休んでも仕事が回るようにシステム設計がなされているため、個人が休暇を取った場合は他のメンバーがその人の不在を補うという体制が元から備わっています。ですから、労働者個人にとって長期休暇を取ることは罪悪感や不便さを覚えさせるものではなく、むしろ当たり前の権利として皆が自由に行使できるものだという認識が根付いています。更に、フレックスタイム制や自宅勤務との併用によって労働環境の一層の柔軟化が促進されている他、労働者と企業が労働協定等を積極的に締結し、快適で正当な労働環境が固く規定された上で守られているという特徴があります。これらの条件が揃っているからこそ、労働者の自由な就業が可能となっていると言えるのです。
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注意点
デメリット
労働時間貯蓄制度を導入すると、労働者の休暇の取り方はまちまちになります。すると長期休暇を取る労働者と短期休暇を取る労働者の間で連絡のし辛さや格差が生じるといったトラブルを招く可能性があります。また、労働者は自ら労働時間を管理することになるため、責任の重さや時間管理能力の無さに起因するストレスを抱えてしまうことも考えられます。更に、そもそも職場の環境が休暇の取りやすい状態で無い場合、結果として制度の存在が事実上のサービス残業を蔓延させてしまう場合もあり得ます。
日本に導入するにあたって
現在の日本の労働環境は、様々な課題に直面しています。いくつか例を挙げれば、休暇を取り辛く、柔軟な就業体制もまだまだ普及しておらず、建前のみのサービス残業も散見され、更に、属人的な業務が多く誰かが欠けると仕事が回らない傾向があります。法制面でも規制に抜け道が多く、残業や労働時間の制限が徹底されていないなど、元々の労働環境の基盤はあまり良いとは言えません。この様な状態で労働時間貯蓄制度を導入しても、労働環境の大幅な改善は見込み難いです。したがって、この制度を導入するにあたって企業は職場全体の抜本的改革を行う必要があり、その上で他の柔軟な就業体制と併用していくことで、初めてより大きな効果が望めると考えられます。
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まとめ
残業や過剰な労働を防止できる労働時間貯蓄制度ですが、最大限の効果を得るためには、それを裏打ちする職場の雰囲気や整った環境も求められます。とは言え、長年ドイツが採用してきたように、労働体制の柔軟化と生産性の向上に対しては相応の好影響が望めます。職場の労働環境を大きく改善しようとしているのであれば、一考するのも手であると言えます。