人的資本とは、人をモノや金と同じように資本として扱うという考え方です。近年この人的資本が企業の価値として注目されています。昨年8月には日本政府から人的資本の情報開示における指針が公表されており、早ければ2023年3月期の有価証券報告書から段階的に適用を開始する方針です。対象企業は4000社にのぼるため、開示が義務化された時に備えて、今のうちから人的資本に関して理解しておきましょう。今回は、人的資本の概要、開示の義務化の動向、そして開示の内容と手順、注意点について解説します。
目次
人的資本開示の義務化が注目されている
人的資本開示の義務化とは、企業の人的資本の情報を有価証券報告書に記載して、ステークホルダーへの公開を義務づけることです。義務化の開始時期は検討中ですが、企業としては人的資本の考え方を正しく理解して準備を進める必要があります。
そもそも人的資本とは
人的資本とは人の持つ能力を資本として捉えた経済学の言葉です。具体的には、個人が身につけている技術・技能・資格・能力などを指します。
人的資本への投資は、経済活性化や生産性向上につながるとされています。もちろん、人的資本は企業の設備や土地といった資産のように形があるものではなく、投資を行ってもすぐに成果が出るケースは珍しいでしょう。しかし、長期的な視点で企業価値を高めるためには、人的資本の考え方を取り入れる必要性があります。人材を大切にして従業員の能力を最大限に活かしていく工夫が求められているのです。
人的資本開示の内容
例をあげると、人的資本開示で求められる内容には以下のようなものがあります。
- リーダーシップ
- 育成
- スキル/経験
- エンゲージメント
- 採用
- 維持
- サクセッション
- ダイバーシティ
- 非差別
- 育児休暇
- 精神的健康
- 身体的健康
- 安全
- 労働慣行
- 児童労働/強制労働
- 賃金の公正性
- 福利厚生
- 組合との関係
- コンプライアンス
こうした開示内容は企業の価値向上とリスクという2つの観点から整理できます。例えば、育成やスキルは価値向上の側面が強い内容です。一方、ダイバーシティや身体的健康は価値向上に加えて、企業の社会的責任に対するリスクの観点でも重要な要素です。企業は自社のニーズを明確にしたうえで、どういった開示項目を選択するか決めなくてはなりません。
人的資本の開示が求められる背景
人的資本の開示が求められる背景としては、以下の要因が考えられます。
- 人材の多様性が広がっている
働き方としてテレワークやワーケーションなどが増え、副業・複業・兼業などの選択肢も生まれてきました。自由なキャリアを歩む人材が増えているため、企業は採用や育成などにおいて人的資本の重要性に向き合わなければなりません。 - ESG投資が注目されている
ESGは、Environment・Social・Governance(環境・社会・ガバナンス)の頭文字からなる言葉です。ESG投資は世界的に広まっており、企業が成長を続けるためには環境・社会・ガバナンスに配慮することが求められています。ESG投資の中で人的資本はSocial(社会)に当てはまり、人的資本の可視化とともに事業の将来性を左右する人材戦略情報の開示が求められています。 - 人的資本開示がアメリカで義務化された
アメリカで米国証券取引委員会が、上場企業に対して人的資本の開示を義務化しました。これは多くの投資家が投資判断を行う際に、人的資本を重視していることを示しています。
人的資本開示の義務化に関連する動向
昨今は、人的資本開示の義務化に関連する動きが活発化しています。例えば、企業価値を持続的に高めるために人的資本が重要であることが明記された「人材版伊藤レポート2.0」が経済産業省によって発表されました。また、東京証券取引所においてはコーポレートガバナンス・コードが改訂され人的資本開示の内容が加えられています。さらに、経済産業省による非財務情報の開示指針研究会も発足しており、人的資本開示の義務化に向けた動きが目立ちます。
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人的資本開示の手順
企業に期待されていることを理解する
まずは、企業の人的資本に関する方針について、企業内で議論し明瞭かつ論理的に説明できるようにしましょう。具体的には、以下に関する自社が直面する重要なリスクと機会・長期的な業績・競争力とを関連させた説明が求められます。
- 経営層・中核人材に関する方針
- 人材育成方針
- 人的資本に関する社内環境整備方針
企業は上記の方針について、目標やモニタリングすべき指標を検討し、明確かつロジカルに伝えられるように準備しましょう。
人的資本への投資と競争力のつながりを明確にする
人的資本への投資と競争力のつながりを明確化するために、フレームワークを活用して統合的なストーリーを構築しましょう。そのうえで、定性的事項・目標・指標などといった具体的な事項を開示する姿勢が望ましいとされています。代表的な手法としては、国際統合報告評議会であるIIRCのフレームワークが有名です。人的資本とビジネスモデルとの関係を整理して、企業価値との関連性を説明できるようにしましょう。
4つの要素に沿った開示を行う
人的資本の開示で推奨される4つの要素は以下のとおりです。
- ガバナンス
- 戦略
- リスク管理
- 指標と目標
上記の4つの要素は、企業の気候変動による影響などの情報開示の枠組みであるTCFDの提言がベースになっています。この枠組みによる説明は資本市場において一般的であり、投資家にとっても馴染みのある開示構造となっているのです。
人的資本開示の注意点
独自性と比較可能性のバランスを確保する
人的資本開示では独自性と比較可能性を意識しましょう。他社の事例や特定のマニュアルに沿った横並びで定型的な開示では、ステークホルダーは満足しません。そのため、まずは人的資本への投資や人材戦略の実践などにおける独自性のある情報開示が大切です。加えて、投資家が企業間比較をするために用いる開示事項の適切な組み合わせが求められます。独自性と比較可能性のバランスの確保をすることで、ステークホルダーにとって有意義な人的資本開示を行えるのです。
ストーリーを重視する
人的資本の情報開示ではストーリー性を重視しましょう。人的資本開示で情報を閲覧するのは株主や投資家だけではなく、将来の入社希望者や顧客など、さまざまなステークホルダーが想定されます。データを単に羅列しただけでは、こうした相手に対して企業としてのメッセージが伝わりません。情報を公開する相手を意識して、企業のミッション・ビジョン・施策などに一貫したストーリー性を持たせましょう。
開示へのフィードバックを受け止めて改善する
人的資本開示に対するフィードバックを受け止めながら、開示内容をブラッシュアップしましょう。人的資本の情報開示は、ステークホルダーと対話を行える貴重な機会です。ステークホルダーの言葉に耳を傾けて、施策内容を改善できないか検討しましょう。必要に応じて新しい指標を掲げたり、施策内容を積極的に公開したりする姿勢も重要です。「フィードバックを受ける・施策に反映させる・実施する・検証する」といったPDCAサイクルを意識すると、改善をスムーズに進められます。
まとめ
コーポレートガバナンス・コードの改定や人材版伊藤レポート2.0の発表など、人的資本開示に関連する動きが増えています。働き方の多様化やESG投資に対する関心の高まりもあり、こうした動きは今後もより活発になっていくでしょう。企業としては、独自性と比較可能性のバランスがとれた、ストーリーのある人的資本開示が求められます。今回解説したポイントを考慮して、人的資本開示に向けた取り組みをスタートしてみてはいかがでしょうか。