就業規則の役割
就業規則といえば、長大な社内規則のボスのようなもので、届け出や変更の手続きが面倒なものという印象を持たれているのではないでしょうか。就業規則は、あくまで従業員のためのものであって、会社にとっては負担でしかないと考える経営者、管理職の方も多いですが、実は、就業規則は、会社側にとっても重要な役割を果たしています。
就業規則の役割は、大きく分けて2つあります。
- 従業員に対する労働条件明示の確保と労働条件の最低ラインの確保
- 企業内の秩序維持と労務管理の効率化
1は、従業員を保護するという視点からの役割です。
会社が従業員を雇用する場合、始業・終業時刻や休日・休暇、賃金等の一定の労働条件を明示する法律上の義務があります(労働基準法第15条)。就業規則は、これらの労働条件の明示を確保する役割を果たしています。また、後に説明するように、労働条件の最低ラインを確保する役割も果たしています。
2は、会社が効率よく人事・労務管理を行うという視点からの役割です。
経営者の中には、就業規則を定めることを嫌がる方もいますが、就業規則は、従業員を守るだけのものではありません。就業規則というのは、従業員が守るべき規則を定めたルールブックです。従業員に守ってほしい就業上のルールについて定めておくことで、会社内の規律を維持することができるのです。
今回は、2の観点から、意外と知られていない就業規則の隠れた役割について解説します。
懲戒処分と就業規則
会社の側から見て、就業規則が最も重要な役割を果たすのは、懲戒処分を行う場面です。どんな会社でも、従業員に関する問題は生じ得ます。遅刻・欠勤・私用外出を繰り返す社員、能力不足・勤務成績不良の社員、会社の指示に従わない社員、セクハラ・パワハラ社員……。このような社員がいることで、周囲の士気も下がって、会社全体が停滞してしまうといったことも珍しくありません。
多くの経営者や管理職の方々は、このような社員に対し、減給や降格、最悪の場合は解雇など懲戒処分により対応したいと考えるでしょう。しかし、労働者は、労基法をはじめとする労働関係法令で強く保護されているため、簡単に辞めさせたり、不利益を与えたりすることはできません。なぜなら、懲戒処分は、悪いことをした従業員に対する懲罰であり、このような罰を与えることは従業員に大きな不利益をもたらすことになるためです。
したがって、適正な手続きを経ることなく安易に懲戒処分を行えば、そのような処分は無効と判断されるおそれがあります。
具体的に、懲戒解雇の場合を考えてみましょう。
A株式会社は、正社員Bに対して懲戒解雇を行った。これに対し、Bは、不当解雇であるとして解雇無効を主張し、労働審判を申し立てた。しかし、労働審判では解決せず、裁判へと発展し、判決まで1年が経過した。その間、A社は、訴訟対応の労力と弁護士費用をかけて争ったものの、負けてしまった。判決では、解雇の無効に加え、解雇後から判決までの間(解雇が無効であればこの期間も社員であることになるので)の賃金相当額の支払いを命じられた。Bの給与は月給25万円で、残業等はなかったが、300万円の支払いを余儀なくされた。
このように、不適切な懲戒処分を行うと、会社としては大きなダメージを負うリスクがあります。
このようなリスクを回避するために重要なのは、第一に、就業規則を整備したうえで、懲戒に関する規定を定めることです。懲戒処分が有効とされるためには、以下の要件を満たす必要があります(最判平成15.10.10フジ興産事件、労働契約法第15条)。
1.就業規則に根拠規定があること
2.懲戒事由に該当すること(合理性)
3.懲戒処分が社会通念上相当であると認められること(相当性)
すなわち、就業規則において、どのような行為をすれば(懲戒事由)、どのような処分がなされるか(懲戒処分の種類)を具体的に明示しておくことは、適法な懲戒処分の大前提となるのです。また、就業規則の懲戒事由の定めが「会社に不利益となる行為」など抽象的な記載にとどまっている場合、その定めに該当しないと判断されるおそれがあるため、できるだけ具体的に、また網羅的記載する必要があります。だからこそ、きちんとした就業規則は、懲戒に関する規定の分量が非常に多くなっているのです。
このように、就業規則は、会社の社内秩序を維持するために有効な手段となるのです。したがって、就業規則が何のためにあるのかを理解したうえで、きちんと使いこなすことが重要といえます。